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開発秘話 vol.5 ラッシュ編②
2023.03.13 PRODUCT

開発秘話 vol.5 ラッシュ編②

「ラッシュ」が“みんなの”トレランパックとして受け入れられるまで

パーゴワークスを代表するプロダクト「ラッシュ」。前回はブランド誕生以前のアドベンチャーレースや山岳レースシーンにおけるデザイナー・斉藤徹の雑感、前身ブランドのアイテムとして開発した「ジャーニージャンキー」について迫った。そして今回は、ついに現行モデルの礎となった「ラッシュ」が登場。「ラッシュ」が登場した2014年周辺のトレランシーンのこと、開発の裏側についてお届けしよう。

―前回は「ジャーニージャンキー」など、まさに前夜についてお聞きしました。パーゴワークスを立ち上げ、「パスファインダー」や「フォーカス」などのバッグを開発し展開していくなかで、なぜトレランパックである「ラッシュ」にたどり着いたのがお伺いしたいです。

まずは、当時のトレランカルチャーにも触れておきたいと思う。ブランドの立ち上げが2011年で、その翌年の2012年にUTMFが初開催されたんだけど、実は遡ること10年くらい前にNHKの番組『激走モンブラン』という、トレイルランナーの鏑木毅さんがUTMBに挑戦するドキュメントが放映された。結構この作品がシーンをガラッと変えたと思う。俺も見てびっくりした。「すごく格好いい!」と。長いことトレランに気持ちが向いていなかったんだけど、この『激走モンブラン』で一気に引き戻された。実際そういう人は多くて、震災以降に走り出した人も、アウトドアやっていた人も触発されて、海外レースに出たい、100マイルレースに出たいとか、そういう熱が上がったのを肌で感じていた。

それまではハセツネみたいな感じで、かっこよくはなかった。でも、アウトドアをやっていない層から「トレラン面白そう」って入ってきた人もいた。サーフィンやサッカー、フットサルが多かったかな。そんなこともあり、シーンに新しい風が吹きはじめたんだよね。

で、自分としても、トレランをもっと楽しみたい、遊びたいという思いが浮かび上がってきて、パーゴワークスとしてものづくりをしたいと思いはじめた。火がついた。パーゴワークスというブランドはチェストバッグからはじまったけど、自分が作りたいものを作ることのできる場所として立ち上げたので、トレランパックを作ってもいいだろうと。まわりはびっくりしたと思うけどね。これが「ラッシュ」を作るまでの前段というか背景。

―今でこそトレランという文化は根付いていますし、お店やメディアもたくさんありますよね。当時はどんな感じだったのでしょう?

マーケットがガラッと変わったと思う。トレラン専門店がオープンして、スポーツというよりもカルチャーやコミュニティ、思想を大事にする発信をしはじめた。ワラーチを作って走るワークショップを開催したり、ビーガンランニングを広めたりとか、ちょうどULの文化とクロスするように盛り上がってきていたのかな。

そうするとファッションが入ってくる。トレランパックやアイテムを作るガレージブランドも出てきて、日本独自のスタイルが出てきた。もともと日本のトレランシーンはヨーロピアンスタイルからスタートしたように思う。それが次第にアメリカのカルチャーが入ってきて、かなりステレオタイプな印象だけど、短パンにサングラスに髭とメガネでクラフトビール飲んでとか、ファッション的にもかっこいいカルチャーが盛り上がっていった。

それこそ90年代後半から2000年代と違うのは、SNSがあったこと。自分たちの遊びや練習を個人が発信しはじめて、仲間がどんどん広がっていった。そのピークは2015年くらいだったかな。そうするとダサい格好で写真を撮られたくないし、ファッションが洗練されていく。美意識が変わったよね。

肝心の「ラッシュ」の開発についてだけど、その流れにぴったり合うプロダクトを作りたいというのもあったのだけど、シーンが盛り上がるにつれて同時に心配したのは、何ごとも流行るとハイエンドとローエンドの乖離が広がっていって、エントリー層が淘汰されてしまうこと。山もそうだけど、いい道具を持っていないとダメみたいな空気があると、はじめにくくなってしまう。

もともとパーゴワークスはみんなのためのブランドであるべきだと思っていたし、広く、いろんな人に使ってもらえるようなトレランパックを作りたいと強く思うようになった。しかも、いわゆるエントリー層向けのパックというのは、トレランの世界にはまだなかったんだよね。

―パーゴワークスのトレランパックの目指す方向というか、コンセプトが見えたと。

当時ベンチマークだったのが、サロモンのベスト型のトレランパック。それを見たときに、「あ、昔にジャーニージャンキーでこういうのを作ったことあった」って。でも、そのトレランパックを、ビギナーは正しく背負えるのか?と疑問を持った。プロダクトとしては優れていたけれど、トレランをはじめたばかりの人では使いこなすのは難しい代物だった。

かっこいいんだけどね。でも、難解な道具を使うスポーツと思われてしまうとトレランの敷居が上がってしまうし、本来の山を走る楽しみから遠ざかってしまう。新しい人からしたらむしろダサく感じてしまうと。

で、登場したのが「ラッシュ7」と「ラッシュ12」。普段使いまではいかなくとも、日常の延長としてのトレランがターゲット。ヨーロッパアルプスみたいに夏のスキーリゾートに遊びに行く、非日常を楽しむようなデザインではなく、日本のシーンに合わせた。

なるべくシンプルで、やさしくて、かっこいい。素材は伸縮性のあるライクラを使用していて、ポケットがフラットになるのが特徴。マチがついていないのでかなりスッキリ仕上げた。本体も荷物が少なければコンパクトになるし、いっぱい入れても生地が伸びるので対応幅が大きい。作りがしなやかなので体にフィットするのも魅力かな。

こだわった部分としては、ハーネスにフォームを入れているという点。レーシングベストはハーネスがペラペラで肩が痛くなるモデルが多いんだけど、フォームを入れることで負担を減らしている。

デザイナーとしてのこだわりは、初期モデルは表からステッチが一切見えないよう、全部内縫いしていること。デザインをスッキリさせたかった。でも、本体もハーネスも内縫いにすることは、結構な工場泣かせな設計だったんだよね。これは後々また苦労することになるんだけど。

ライクラという生地の特性はフレキシブルなのでしっかり荷物にフィットしてくれることで、デメリットは揺れてしまうこと。それを防ぐために生まれたのが、このデザインなんだけど、まず縦方向の揺れを防ぐために生地の伸び止めを兼ねたセンタージッパーを採用。V字型になっているのは、横からの荷重を支えるためのライン。見えないところでは、内側にもベルトがあって、荷重を止めてくれる。縦方向の動きを抑制しつつ、横には伸びるような設計にしているのが特徴だね。

開発に関しては、比較的早く答えに辿り着けた。ただ、「実際に使ってみてどうなの?」という疑問はあったから、プロトタイプをいくつも作って、パーゴワークスの製品を取り扱ってくれているお店でトレランギアを扱っているところとか、自分が所属していたトレランチームのランナーに配って、フィードバックをもらった。その意見を集約して、ブラッシュアップしていった感じ。

「ラッシュ」の開発に関しては、はじめて作るモノだし、何をやってもいいと思っていた。もし受け入れられなくても、他の人が作らないものを作りたかったし、まず自分が欲しいものを提案できればいいと思っていた。機能的にはもっと優れた製品はたくさんあるけれど、エントリーの人が悩まずに使えるという点では、「ラッシュ」というトレランパックは抜きん出ていたヒット商品だったんじゃないかな。

―これまでのチェストバッグとは生産体制も異なりますよね。生地も構造も違いますし、製造段階での苦労はあったのでしょうか?

やはり、全部内縫いにしているので、生産効率が悪いこと。7Lしかないバックパックのはずなのに、とにかく手間がかかる。工場にとっても一般的な工程ではないし、素材のライクラはノビノビな生地だし。ライクラがやっかいで、カットするとカーリングする特性がある。普通は裁断したものを100枚くらい積んで縫製工場に持っていくんだけど、そうすると届いた段階でビロビロになっちゃう。しかも表裏がわかりにくくて管理もすごく大変。だから工場はすごく苦労したと思う。

ちなみに生地は日本で買って、ロールを海外の工場に送っていた。なんでそんなことをしていたかと言うと、現地で調達できるライクラのような生地の品質がよくなかった。伸び率もそうだし、耐久性、堅牢度も。日本で手配できるものにこだわっていたんだよね。

―「ラッシュ」を発売してみて、シーンにおける実感のようなものはあったのでしょうか?

実感は、かなりあった。なぜならトレランはレースに行くとユーザーが集まっているから。スタートラインに行けばユーザーが見えるんだよね。これまでのパーゴの製品でそういう経験はなかった。山で見かけるとかはあったけど、レースみたいに集まったりはしないから。

だから発売した翌年のビッグレースに行ってみると「ラッシュ」ユーザーの多さにビックリした。エントリー層が多くて、それは狙い通り。あとはギア目線での感度が高い人も使ってくれていた印象。

ハセツネ(日本山岳耐久レース~長谷川恒男cup)と信越五岳(信越五岳トレイルランニングレース)は毎年応援に行って、スタートで何人使っているかカウントしていて、年を追うごとに「ラッシュ」ユーザーが増えていくのを体感していた。

パーゴワークスとしても、当時はかなり頻繁にSNSで発信していたから、懐かしく思う人もいるかもしれない。毎週のようにレースに行ってはランナーの写真を撮らせてもらって、アップしていたし、ユーザーとの関わりも濃かった。プロモーションがSNSの盛り上がりに乗っかった感じ。これも時代だよね。

今では定番のレース会場でフィッティングできる「TRY ON RUSH」は2015年くらいから。実はそれまではレース出店やイベント出店はしたことがなくて、出場か応援で行っていただけ。会場で自分たちのブースを構えることで、直接ユーザーのコメントをもらえるのは嬉しかったな。使い方のレクチャーやユーザーの質問に答えたりとかも。これは地方のレースでもやっていて、SNSで「どこそこでやります~」って告知して、一緒にグルランしたのもいい思い出。

―その後「ラッシュ 28」という、容量の大きいモデルが登場しますが、その背景には何があったのでしょう?

「ラッシュ28」を開発したのは、自分がOMMに出るため(笑)。日本で初開催はたしか2014年だったかな。ちょうどトレランのレースが多様化しはじめたタイミングだったのかな。開発時に大事にしたのは、これまでのラッシュシリーズと同様のフィッティングのよさ。そして余計な機能はつけず、見た目もシンプルに。

「ラッシュ28」で新たに採用したのは、サッと開けることができ、閉めたときはバチッと体側に寄せて安定感を高められる開口部の仕組み。バックパックが大きくなると走ったときの揺れが大きくなるので、それを抑えるトップスタビライザーの機構と開口部の仕組みを組み合わせることで、シンプルでありながら大きな効果をもたらす設計に仕上げることに成功した。

当時のアドベンチャーレース向けのバックパックにはトップスタビライザーが省略されたモデルも多かったんだけど、それだとやはり揺れてしまう。また、クライミングパックをベースにしていたものは作りがすごく簡素だったからフィッティングがいいとは言えなかった。

登山用のバックパックならトップスタビライザーをつければ解決する。でもトレランパックには背面のフレームがないので本体が反ってしまい、効果がない。これはフロントの生地とショルダーベルトを連結させることで解決した。ただ、荷物が入っていないとスタビライザーが機能しないので、フロントにコンプレッションを追加することで、荷物が少ないときでも安定感を維持できる。

ちょうどファストパッキングという言葉が広まって、実践する人が増えてきた時代。やっと使える「走れるバックパック」ができたと思った。ちなみに28Lというのは、自分がOMMに出るときの装備がちょうど入るサイズだったから。後にレギュレーションが変わったので、それを受けて30Lモデルにアップデートしたのはここだけの話。

―今では「ラッシュ30」はOMMのレース会場でよく見かけるバックパックの筆頭ですよね。現行の「ラッシュ」シリーズは改良された2世代目。基本設計は変わっていないと思いますが、変更点、アップデートした点などはいかがでしょうか。

「ラッシュ 7」と「ラッシュ12」を発売したことでトレランシーンに接点ができた。イベントやSNSを通じてシーンそのものの盛り上を感じ、いろんなユーザーさんから思いを聞いたりしているうちに、「この人たちのためにものづくりをしていこう」と、さらに思うようになっていった。

だからこそ、ラッシュをアップデートするときに、よりよいモデルに進化させる必要があった。その核心だったのが、よくも悪くも生地に使っていた「ライクラ」だった。

伸縮性があるので、自分が想定していた以上にモノを限界まで詰めてしまうユーザーも多かった。生地が伸びて薄くなって荷物が透けるくらい。また、夏は暑いという声もあった。香港でイベントをしたときに、現地の人はそればっかり言うんだよね。「かっこいいけど、暑い。もっと通気性をよくしてくれ」と。ということで、これを機に別の生地を探しはじめた。

採用したのは、現行モデルで使っているダーリントンメッシュという生地。ライクラのようなスムースな触り心地はないけれど、耐久性がよくて、軽くて通気もある。縦と横で伸び率が違うので、上手に使えは伸縮性と安定性を両立できると考えた。実は、工場もライクラでの生産に限界がきていてギブアップしてきた。扱いにくいし生産性も悪いと。だから、このアップデートで生地を変えるのは定めだったんだと思う。

ちなみに現行モデルも基本的なデザインコンセプトは変えていないし、作りも大きな変更点はない。ただ、スタッフも増えてお店とのコミュニケーションが強くなり、販売網が増強されたのがこのタイミング。つまりパーゴワークスを取り巻く環境が変わった。加えて、「ラッシュ」ユーザーそのものの人口も増えていくし、それぞれがどんどんレベルアップしていく。ユーザーと一緒に、「ラッシュ」もパーゴワークスも成長していくのを感じていたんだよね。