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TOR330 - TOR DES GÉANTS 2024 参戦レポート(近藤展弘)
2025.02.28 REPORT RUN

TOR330 - TOR DES GÉANTS 2024 参戦レポート(近藤展弘)

2024年9月、イタリア北部のアオスタ州にて、約6日間に渡り繰り広げられた山岳レース「TOR DES GÉANTS」。今回のTOR330の出走人数は1,085人で、そのうち日本人の参加者は約60名。そのなかにはパーゴワークスのアンバサダー、テンさんの姿もあった。結果は見事約124時間で完走、日本人2位の快挙も成し遂げた。150時間(=6.25日)という制限時間のなかで、実質350kmにも及ぶ過酷なレースを、彼はいかにして攻略したのだろうか。レースの概要とともに、テンさんの戦略を紹介していこうと思う。

近藤展弘(コンドウノブヒロ)さんプロフィール

2021年のとあるイベントで、パーゴワークスがRUSHのイメージモデルを探している際に目に留まりスカウト、2022年からアンバサダー。ニックネームはテンさん。中学では陸上(長距離)、高校ではワンダーフォーゲル(地図読み含む競技登山)、大学以降はキャンプやスノーボード、サーフィン、そしてMTBなど、アウトドアアクティビティを中心にマルチに楽しむ。30代は仕事に没頭するが、40代になるとその反動からか、再び自然を求めて本格的にトレイルランニングを始める。自然が大好き。現在も普通のサラリーマンとして勤めながらも、約7年間で100マイル、もしくはそれ以上のレースを、DNFなく既に10本完走。最近では完走請負人として、会社のトレラン部を牽引する一面も持ち合わせる。

最近の戦歴 ※()内は、順位/出場人数

2024年4月 「Mt.FUJI100」  31:13:50  (139/2145)

2024年3月 「SHIZUOKA MARATHON」  2:57:25

2023年12月「DOI INTHANON」  47:54:03  (108/401) ※海外レース

2023年11月「OMM Kitayatugatake Straight E」  (15/ 49)

2023年9月 「TOR130」  38:58:37  (89/396) ※海外レース

2023年7月 「ONTAKE100 100km」  14:33:25  (120/755)

2023年4月 「ULTRA TRAIL Mt.FUJI」  33:20:44  (389/2386)

2023年3月 「TOKYO MARATHON」  3:04:59

2022年11月 「OMM Okumino Straight A」 (6/58)

2022年8月 「UTMB」  39:28:43  (795/1789) ※海外レース

2022月6月 「OKUSHINANO100」  16:06:51  (139/652)

2022年4月 「ULTRA TRAIL Mt.FUJI」  30:32:19  (288/1470)

2021月11月 「OMM Motosuko Straight A」 (2/66)

仕事の休みのほとんどはレース参戦に費やされ、年に1回以上は海外レースに参加している。

本記事はレースのレポートだけではなく、海外レースへの準備と心構えについても詳しく紹介している。

・トルデジアンとはどんなレースなのだろうか

・テンさんはなぜ、TOR330を走ろうと思ったのか

・5日間のレースレポート

・レースに向けての練習量と準備について

レースレポートはもちろん、レースの分析や練習量、レース計画など完走のためのノウハウもじっくり読んでいただきたい。

TOR DES GÉANTS(トルデジアン)とはどんなレースなのだろうか

TOR DES GÉANTSは、世界有数の過酷な200マイルレースとして知られ、日本語では「巨人の旅」と訳される。イタリア北部のアオスタ州(UTMBでお馴染みモンブランの南側)の山域で開催され、距離(km)で言うと、30、100、130、330、450と5つのカテゴリーで構成される。その中のメインレースとしてTOR330は存在し、下図で言う黄色のトレイルを1周する。制限時間は150時間(6.25日間)。ピーク(山頂)ではなくコル(峠)をつなぎ走行するだけなのだが、公称値の総距離は330km、累積標高は24,000m(実際には約350km/25,000m)にもなり、数値で見ても壮絶であることが分かる。現に2024年の完走率は半数を下回る49%。そんな過酷なレースに毎年、1,000人を超えるランナーが出走するのだから驚きだ。

参加資格は至ってシンプルで、レース当日に20歳以上で、健康であれば誰でもOK。ただし、近年申込み者が増えて必ず抽選となっており、その確率は半分ほど。(関連レースの完走や寄付によって抽選が免除されるケースあり)

テンさんはなぜTOR330走ろうと思ったのか

「これまでなんとなく100マイルを上限としてきたんですが、何度も完走しているうちにふと、さらに長い距離を踏んだら、そこにはいったいどんな世界が広がるのだろうと、怖いもの見たさにずっと興味はありました。トルデジアンもそのひとつで、周りに経験者もいたことから情報も自然と入ってきていて、結構気にはなっていたんです。もちろん他のレースに比べて出場しやすいというのも、選んだ理由のひとつですね。

あ、でも、出場しやすいと言いながら実は、2023年の抽選には1度落選しているんです。その時は、TOR330の後半パートをほぼほぼ走れるということもあり、短い距離のTOR130にエントリーしたんです。イタリアまで行ってTOR330に出走できないのは、とても残念でしたが、当選した友人のサポート経験もさせてもらい、自分自身もTOR130を完走できたことで、トレイルの状況やライフベースでの様子を存分に下見できて、本番のTOR330に向けて、とても有意義な時間となったのはうれしい誤算でした。

あと、出走するためには、お金も時間もかかるのは事実で、私の人生のなかでそう何度も経験できる距離ではないと思っていました。だからこそ1回のトライで無事に完走したいという思いが強くなり、自然と今まで以上に準備をしなくてはと感じていたんですよね」

目指したのはあくまでも無事の完走

テンさんはいわゆる“トップランナー”ではない。ごく一般的な彼が、膝を痛め不安を抱えながらも、この過酷なレースを1度で上手く走り切るために、いったいどのような準備を行ったのか。それは、できる限りの情報収集と、起こりうる問題への対策、そしてベースフィットネス向上のための効率のよい練習。それらと自分の性格を理解したつもりで立てた計画であれば、確実な完走は(時に計画よりも好成績で)可能だと言う。

誰だって無事に完走し、やり遂げたことを噛みしめたいし、中盤、ペースが落ちたとしても諦めず、進み続ける間に復活を遂げて、最後は笑顔でフィニッシュしたい、そう思うはず。テンさんはどのレースも「無事の完走」を第一の目標に掲げ、レースによっては好成績も残している。今回のTOR330に関しては、初の200マイルで未知の領域だったということ、また、痛めている膝が最後までもつかどうかも不安だったこともあり、いつにも増して、確実な時間内での踏破を目標に掲げた。

今回のレース中の天候はどうだったのか

レースの話に戻ろう。TOR330のコースは、各ライフベースを跨いで7セクションに分けられる。今回は小雨降るなかでのスタートとなり、2日目まで雲天、3、4日目は回復し、時に気温が上昇したと思ったら、5日目は冷え込んで雪に見舞われた。気温差には上は25℃、下はマイナス15℃。なんとも寒暖差の激しい過酷な状況となったのだ。さらには1,000〜3,000mの間を何度もアップダウンするため、天候の変化に加え、標高差への対応も求められたのだ。

エイドとライフベースでの滞在時間について

コース上には「エイド」と「ライフベース」が点在する。「エイド」は、7〜10kmごとに設置され、元から存在する山小屋を利用しているケースが多いが、簡易テントやボロ小屋の場合もある。基本準備されている食べ物は、ビスケットやドライフルーツといった内容だが、山小屋であればきちんとした食事(場所によっては有料)が摂れたり、フカフカのベッドで眠ることも可能な場合がある。

一方「ライフベース」は、コース上に6カ所のみで、各セクションの区切りであり、選手たちの辿り着くべき目標となっている。エイド以上にきちんとした食事がいただけたり、預けたデポバッグも受け取れる。さらにマッサージを受けたり、シャワーを浴びることもでき、コットが用意された部屋で睡眠もとれるなど、エイドよりも充実している。

特にライフベースでの滞在時間は、レースを続ける上でとても重要となり、睡眠、食事、身体トラブルへのメンテナンスなど、意外とやるべきことが多く、滞在時間が長くなりがちになる。あらかじめ計画を練り、必要最低限の滞在としなければ、あっさり制限時間に引っ掛かり、完走できなくなることも起こり得るので注意が必要だ。

テンさんのレース計画と実際

「先ずは経験者である友人達とトレーニングを行いながら、コースの状況や特徴、気をつけた方が良いことなど、活きた情報を収集しました。そして過去の実績を数値的に確認しながら、自分の性格も加味して計画したつもりです」

実際の距離350kmを単純に7セクションで割ると、セクションあたり約50kmとなるのだが、それぞれのセクションで距離や標高、登り下り基調、またはサーフェイス等の性格が異なるために、辛いセクションやボーナスセクションと表されるほど印象が異なるのだそうで、計画を練る上ではその辺りの情報も事前に頭へ入れておくとよいとのこと。

経験者からもらった過去の実績(下図)から、このレースの日本人平均完走時間は140時間前後だろうと踏んで、自身の国内成績とも照らし合わせ、いったん一目置かれると言われる130時間切りを目指すことに。各セクション、各ライフベースでの平均時間を算出し、目標とする129時間のタイムスケジュールを完成させたという。

その効果があってか実際の前半は、遅れることなく計画よりも若干早く走行できたが、途中のライフベースで長く寝てしまったこともあり、結果計画通りへと戻り、後半は、ほぼ前年のTOR130で通ったトレイルだったため、確信を持って走行。結果、計画よりも早くゴールゲートへと辿り着けたのだ。

いよいよ「TOR330 2024」がスタート

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のテーマ曲『He’s a pirates』が流れるなかカウントダウンが始まり、一斉にスタート! 各セクションのレースの様子をテンさんの写真とレポートでお届けしよう。(レポート完全版はテンさんのInstagramで。各セクションの●をクリックすると飛べます)

SECTION1:「始まったばかりなので、トルデジアンとはどのようなものなのかを確認するセクションでした」

<クールマイヨール→ヴァルグリゼンシュ>(48.55km 4339mD+ 3877mD-)

TOR130完走から1年。いよいよこの時がやってきた。お昼12時、「Iniziare!(スタート)」の合図と共に、勢いよく選手達が走り出した。私もつられるように走り出し、Max150時間の長い「巨人の旅」が始まった。

それにしてもペースが速すぎる。すぐに自分が楽なペースへと切り替え、登山口へと向かった。心拍数を確認しながらストックを用い無理なく登る。予定よりも少し早くいいペース。しかし雨は降ったり止んだり。ずっと雲に覆われた空からは太陽が顔を出す雰囲気はなく、せっかくヨーロッパに来たのにそれらしい景色が見られず残念だった。

そうこうしていると去年よりも大きくなったライフベース1(ヴァルグリゼンシュ)に到着。自分が預けたデポバッグがやたらと重い(笑)。想定される全てに対応しようと物を詰め込んだのだから仕方がない。食事を済ませ、すぐさま睡眠エリアへと移動し、大量に並んだコットの中から自分の寝床を確保。次のセクションで食べる行動食を補充し、膝のメンテナンス用に炎症による熱を抑えるニューハレの湿布と、回復を促すマイクロカレントの低周波治療器をセット。合わせて短期間でぐっすりと眠れるよう、めぐりズムと耳栓も忘れずに装着をして毛布を被り目を瞑った......。2時間後に起床。用意したサプリを飲んで、軽く食事を済ませ、残り6セクションを片付けに、0時前にライフベースを出発した。

SECTION2:「コース上、最高点を通るセクション。ライフベースで計画よりも1時間寝過ぎてしまったうえに、ポールがなくなり動揺した」

<ヴァルグリゼンシュ→コーニュ>(55.45km 4943mD+ 5098mD-)

ライフベースで寝たのは2時間ほどだったが頭もスッキリで、意外と脚の疲れも取れて軽かった。逆に眠さでフラついている人もいて、睡眠をどう捉えるかでこんなに差が出るのだと実感。このセクションには3つのコルがある。1つ目は名前も忘れたが2,800m程度、2つ目はコルエントレローの3,002m、そして3つ目にはセクション2にしてこのレース最高点であるコルロソン3,299mが現れる。

そのコルソロンへはPM1:00前に到着。まだレース序盤だというのに達成感! その後も順調かと思われたが、右のハムストリングに違和感が。古傷のある左膝をかばっているためか、下りなのにどうにも走れず、ハイカーのおじさんにも追いつけない。それでもなんとか予定より早くライフベース2(コーニュ)に辿り着いた。

ライフベースでは決めたルーティンをこなし寝床に入る。3時間より少し早めにセットしていたタイマーが鳴り、いったん止めてもう少しだけと目を瞑った……。目が覚め時計を見ると4時間が経っていて気が動転! おまけにポールがないことに気づく。コットの下にも食事をしたテーブルの下にもない。名前とビブナンバーを書いたシールを貼っておいたのに……。新品で100kmほどしか使っていなかったが、いたしかたない。ボラスタッフに事情を説明し、デポバッグに入れておいた予備のセットを取り出し外に出た。

SECTION3:「4,000mD-の長い下りのあるセクション。ローマ時代のアーチや古い街並みがきれいだった」

<コーニュ→ドンナス>(45.77km 2768mD+ 3981mD-)

計画通りにPM9:30にコーニュを出発。このセクションは移動距離45kmの間にコルは1つしかなく、累積も2,700mD+しかないため、ボーナスセクションだとみなが言う。その代わり4,000mD-ほどの長い下りがある。

2,827mのシャンポレールフェネトルをAM2:00に通過し、ドンデナ小屋に着いたのはAM3:30。適当に走っているわりには不思議と計画通りで驚いた。ドンデナ小屋はチェックポイントにもなっていて、リストバンドにスマホを当てて、ランナーのデータを読み取る。水分補給とトイレも済ませ、次のエイドまで小走りで進む。このセクションでしか味わえないゆるい感じを楽しんで下った。

時刻はAM6:40、3日目の朝だ。辺りは徐々に明るくなって来ていた。しばらくロードやトレイルを行き来しながら、ポントボゼトという街まで降りて来た。この時点で標高は1,000mを切っていたと思うが、どうやらまだ下るらしい。日本では見ないタイプの木製吊り橋が目の前に。ガッチリとした見た目とは裏腹にけっこう揺れた。

AM8:00頃、お城であり要塞だったフォートバール(映画『アベンジャーズ』の撮影場所)を横目に、ドーラバルテラ川を横断。そのバールの古い街並みを抜け、AM8:30にライフベース3(ドンナス)に入る。ここはTOR450の選手も利用するらしく、少し混んでいた。食事を早めに済ませて2階の睡眠エリアへと移動し、どうにかコットを確保。お決まりのルーティンをこなして、2時間の睡眠をとった。(今回は寝過ぎてない笑)。計画通り、AM11:30にライフベースから出発した。

SECTION 4:「景色も山小屋もきれいで『これぞトルデジアン!』と思えたセクション。レース中、一番長く登り一番長く下った印象」

<ドンナス→グレッソネイ>(54.23㎞ 5933mD+ 4881mD-)

このセクションは距離54km、累積5900mD+と厳しいので、要する時間は全セクション中最長の22時間と想定。標高が低く、昼間ということもあって暑い。全般的に勾配が厳しく結構な汗をかいたので、途中にある湧き水を被りながら進んだ。

標高2,100mまで登ると360度のパノラマ。その先のコーダ小屋にはPM5:00前に到着。その後急な岩場を下ると大きな湖が現れ、湖畔沿いを進んでPM8:00にバルマ小屋に辿り着いた。とにかくお腹が空いたので有料の甘いお菓子とカフェオレをオーダー。休憩中は他の選手と片言の英語で会話を楽しむことができた。せかせかと先を急ぐ100マイルとは時間の流れが異なる。こういう世界も全くもって良いと感じた。

次の目的地、ニエル小屋を目指して岩場を再びトラバース開始。斜面を登ったり下ったりを繰り返す。これでもかというくらいアップダウンが続き、ヘロヘロになりかけたAM2:00にニエルの小屋へ辿り着いた。ガラス張りの不思議な空間。ベッドが空くのを待っている選手が多数いたのでベッドは早々に諦め、その横で座りながら15分ほど目を瞑ってエイドを出た。

トレイルに入るとマーキングがまばらな急登で、前後の選手とも離れたこともあり孤立。不安にかられ何度かスマホで位置確認を行った。コルに到着するも、ケルンもなく、踏み跡も薄く、道標も見当たらない。不安だったが行くべき方向はひとつと信じて下山開始。たまに出てくるマーキングを頼りに走る状況が続いた。なんとかPM5:00過ぎにライフベース4(グレッソネイ)へ辿り着いた。ここでレース丸3日終わって初めてのシャワー。最高! ルーティンをこなし、2時間の睡眠をとってからライフベースを後にした。

SECTION 5:「胃が揺れて走れなかったのに、時間的貯金ができた不思議なセクション。最後の街への下りがとても長かった」

<グレッソネイ→ヴァルトゥルナンシュ>(33.62㎞ 3094mD+ 2966mD-)

ここからのセクションは2023年のTOR130で経験済みのルート。

蜂が多いアルペンズ小屋をそそくさと出発。牛さんいっぱいの牧草地を登る。すぐに2,777mのコル・ピンターに到着。下りは緩やかで、シャンポルックエイドに到着したときは計画より4時間ほど余裕があった。何杯飲んでも美味しいと感じるショートパスタ入りのスープで小休憩後に出発したはいいが、胃が痛くて走れなくなった。時間はあるので焦らず、会社の昼休みに練習してきた早歩きを活かして進んだ。

2,773mのコル・ド・ナンナズからの下り、気がつくと辺りは暗くなっていて、森の中を延々とつづら折れながら下る。もう街は近いはずなのにまだ下る。PM9:00前にライフベース5(ヴァルトゥルネンシュ)に辿り着いた。デポバックを持って来たおじさんが、君にペナルティーを課すと言い始める。え?マジで? 詳細を尋ねると、君のバッグは重いからと。ボラのおばちゃん達が笑い始めて冗談だと気づき、おじさんと一緒に笑った。立派な体育館で4時間の睡眠。心配していた左膝は悪くならず、最後まで行けそうだとうれしくなった。

SECTION 6:「ルートを思い出しながら確認するように進んだセクション。もういくら登っても下ってもあまり気にならなくなっていた」

<ヴァルトゥルナンシュ→オッロモント>(48.04㎞ 4625mD+ 4746mD-)

AM2:00過ぎに出発。大きな岩の絶壁を頭上に、ダムに向けて登坂開始。去年はこの辺りで大雨に降られビチョ濡れになり、この先の小屋で暖をとった。って、小屋が出てこない。行き過ぎた。慌てて100mほど下り、正しいルートへ。ジャン・バルマス小屋ではホットミルクをいただいた。林道の後、しばらく暗い森の中をアップダウン。見覚えのあるコルを越えると、2023年は通らなかったルートへ進む。古いディフェンダーがカッコ良い簡易的なエイドに到着。胃がやられていて辛いがビスケットは食べられる。柿の種もずっと食べ続けることができた。

固い砂地をトラバース。眠気で焦点が合わなかったが、急登が来て覚醒。フェネトル・デュ・ツァンのコルを越え下ると、5日目の朝を迎え、AM8:00過ぎに見覚えのあるマギア小屋へ到着。去年と同じ席に座り行程の確認。気持ちを整え小屋を出発し、2時間弱でキュニー小屋へと到着。遠方にマッターホルンが望めるコルを越え、エイド経てコル・ド・ヴェソナズ2,794mに辿り着いたとたん、長い下りが始まった。ロードに出て意地悪な急登を登るとオヤイスのエイド。少し長めに休んで、いざコル・ブリソンへ。簡易エイドを経て1,100mD+を登り2時間ほどで到着。6つ目の最後のライフベース(オッロモント)はもう見えているが、ここから1,100mD-も下。雪がちらつくなか、無事に到着。ライフベースでは美味しいビーフシチューを頬張った。

SECTION 7:「最後のセクション。雪の中をウキウキしながら走っていた」

<オッロモント→クールマイヨール/ゴール>(49.66㎞ 3906mD+ 4059mD-)

PM11:30に出発。泣いても笑ってもコレが最後のセクションだ。もう何日目なのか定かではないが、予定に対して数時間早く進んでいることは把握していた。AM1:30にシャンピロン小屋に到着。ボラスタッフに、2年連続日本から来ていること伝えると話が盛り上がり、ホットミルクをお願いすると「蜂蜜入れようか?」と優しいオファー。うれしかった。

雪がかなり降ってきたためチェーンスパイクを装着。標高2,709mのコルデシャンピロンからの下山中、足の裏に雪玉がくっつき始め、取っても直ぐに固まり進行の邪魔に。チェーンスパイクなしのランナーがいたので、思い切って私も外してみたが窪みに足を滑らせ、何気に突いたポールがいとも簡単に折れてしまった。左膝を守るために使っていたポールなのに……。標高2,300m付近まで下がると雪は消え、林道に出たものの進むべき方向が分からず、マーキングを探してなんとか進み、AM3:45にポンテイユ小屋に着いた。

ここでは通常のエイド食に加え、手作りのハムや長期保存用の煮干し(?)、煮込んだ肉やマッシュポテトが並ぶ。しっかり補給できたのはよかったが、林道が単調で眠気に襲われ、地面を見ると焦点が合わない。先に人を行かせて、変化をつくるがやはり眠い。フラフラと進みながらAM6:00にサンレミーアンボスエイドへと到着。奥の仮眠室が目に入り、迷わず20分だけ睡眠。標高は1,500mほどだが雪が降り始め、目指すコルマラトラ付近の温度はマイナス10℃との情報。

数えて6日目の朝。標高を上げるにつれ、寒々しい景色へと変貌。AM9:20にフラッサティ小屋に到着し、スープをいただいた。ここからはチェーンスパイクに加えて3レイヤーのジャケットとミトンも準備。いよいよ核心部へと向かう。雪は思ったほどついてないが、風が強く寒い。去年とは違った景色を楽しみながら登る。去年は最高部にカメラマンが居て、写真を撮ってもらった事を思い出した。時刻はAM10:30。ロープを掴んでいよいよ最高部2,925mのコルマラトラへ。しかし私が登ったタイミングではカメラマンはいなかった。残念……。

気を取り直し下山開始。チェーンスパイクが調子良く雪面を捉えている。ちょっとテンション上がって雪上を快走。MBコースと重なるトレイルに合流。右手にモンブランを拝みひた走ると、すれ違うハイカーから祝福の言葉をもらった。

最後のエイド。標高はまだ2,000mだが、ここから800mD-ほど下れば、もう登りも下りもないのだと感じた。MBやTOR130で通ったことを思い出しながトレイルを下る。やはりみんなが祝福の言葉をくれる。セレモニーの会場となる公園を抜け、見慣れたストリートへ帰ってきた。ゴールだ!

テンさんの実績タイムと同じレースに出場していた知人の実績タイム

「100マイルレースでは到底敵わない、強くて速い友人2人も実は今回参戦していたんですけど、前半彼らは睡眠時間を削って先を急いだせいで、中盤眠さに勝てずエイドで爆睡。いっときは8時間ほど離されていた差もここで逆転。最終的には私が彼らに6時間弱の差をつけて、先にフィニッシュできたんです。不思議ですよね。睡眠時間がいかに大切かと言うことがわかった瞬間でした」

ゴールシーンで感じていたこと

セレモニー会場となる公園を抜けて、見慣れたストリートへ入ると、沿道のみんなが祝福の言葉をかけてくれ、そのなかにはテンさんの友人の姿もあり「おかえり」と声をかけられて感極まって涙が出てきたそうだ。

「100マイルレースで泣いたことないんですけどね。この時は達成感がすごくて自然と涙が出ました。最後はきちんと走って終わりたいと思っていたら、膝痛だったことも忘れてゴールゲートを潜り抜け、史上最長となる、5日間+4時間の長旅に終止符を打つことができました。」

自分が参加を決めた未知のレースで「走り切れた」という経験は何よりうれしいし、今後のモチベーションアップにもつながっていくのだろう。トップランナーでなくても、200マイルという距離の踏破は可能ということを彼は実証したのだ。

「先を急がず、全てのライフベースで適度な睡眠時間を確保できたことが、良い結果につながったのだと思います。」(といっても3時間だけなら仮眠レベルだが)100マイルであれば、調子が良い間に眠らず走って距離を稼ぐ方法もあるが、200マイルとなると、どんなに調子が良くても5日間眠らずに走りきることはほぼ不可能とのこと。テンさんは事前に立てた計画通り眠り、回復しながら進む方が、確実にゴールは近くなると考えている。

完走して得られたもの

醍醐味は完走者だけが参加できるセレモニー。完走者だけが順に壇上に呼ばれ、大会主催のメインメンバーから直接おめでとうと声をかけてもらえる。更にはフィニッシャーズTシャツに皆で袖を通し壇上前で記念撮影。スタート時にも流れた『He’s a pirates』を聴きながら、お互いの栄誉を称え合った。

「完走者しかこの中には入れないんですよ。皆同じTシャツを着て、お互いの完走をたたえ合う。他では味わえないこの雰囲気、ほんとうに最高でした。昨年はカテゴリーも異なり早々に帰国していたので、今回は本当にうれしかったですね。あと、今回のレースを通じて、身体は短い睡眠でも、思っていたより回復できると実感できたこと、また超長距離の世界を楽しむ仲間と知り合えたことが大きな収穫でした」

レースにまつわる気になることあれこれ

練習量(レース3ヶ月前)

  • ラン 400km/月
  • バイク 50km/月
  • パワーウォーク 50km/月
  • 週末のアルプスで山業:高度順応と登坂能力向上を狙い、7、8月とほぼ毎週末日本のアルプスを登った。
  • 週1の低酸素ジム通い:ミトコンドリアの活性化から、痩せやすい体へと変化させて体重の軽減を図った。

コースの全行程を走り続けることはできないので、歩いている時間のペースをいかに上げられるかもポイント。歩行スピードの底上げで、タイム短縮を図った。(平坦 10.5min/km → 8.0min/km)パワーウォークを意識して練習するのがおすすめです。ほかにも、

レース前に気をつけたこと

  • 現地到着の前倒し:ロストバゲージ対策として1日前倒して現地入り。おいしいものを食べて心の準備期間の確保。
  • 使用必須物の機内持ち込み:ロストバゲージ対策として、ザックや補給食等、代用が効かない物を機内に持ち込み。

レース中に役に立ったこと

  • 足指のテーピング実施:マメができやすい指にあらかじめテーピングを施し、ワセリンを塗って5本指ソックスを履いたこと
  • 足にフィットするシューズと骨格に合ったインソールの使用:これまで使ってきたなかで信頼のおけるシューズとインソールをチョイスしたこと
  • 揺れないザックの使用:容量も必要だが、何より身体にフィットし揺れないザックを使用したこと
  • 無理のないペース配分:どんな場面でも心拍数130を越えないペースで進み続けたこと
  • 睡眠時間の確保:調子が良いからと寝ずに進み続けず、最低でも2時間は寝たこと

かかった金額と日数

  • 航空チケット代 25万円(エコノミープラス)
  • レース参加費 15万円(€900 来年も値上がる?)
  • レンタカー代 4万円 (借りる車両クラスによる)
  • 食事代 3万円(トンネルのピザが美味しい)
  • お土産 1.5万円  合計:55万円/12日間

バックパックの容量について

アンバサダーサポートとしてRUSHもカスタムしてテンさんスペシャル仕様に! テンさんの希望は容量15〜16Lのベスト(レース仕様)タイプ。しかしレースまでに新たに設計している時間はない。そこでRUSH20をベースに、荷物が少ない時の揺れを軽減するためにハーネスをベスト型に、またボトムポケットを二重にしてフロントの容量を増やし、背面は11r同様のエアメッシュへと変更。さらにこの先の開発のために取り寄せた新しい生地を使って特別モデルを作り上げた。

「20Lでは大き過ぎると思い込んでいたのですが、今回は天候が不安定でチェーンスパイクやエクストラジャケット、ミドルレイヤーを追加したいセクションもあり、結果的に20Lで大正解でした。ハーネスをベスト型にしたり生地のカラーも好みを聞いてもらえて大満足です」

バックパックの中身

RUSH/20L デポバッグ/40L(大会提供品)

レースへの覚悟と対策

メンタルが安定するように、決めたことを最後までやり抜くと覚悟を決めること。小さな変化に気付き、フィジカルな問題を極力少なくしようと対策すること。自分という人間を理解し、前に進み続けられる状況をつくりあげるセルフマネジメント力を鍛えること。それから職場の人の理解を得られるように環境を整えておくこと。トレイルランニングが自分のライフワークであること、目標としているレースの話をしておくことで、周囲の協力を得やすくなる。これも欠かせない要素だそう。

「2022年にUTMBで2週間、2023年にTOR130で10日間、今回も2週間弱休んでいて、同僚のあいだでは、近藤は8月9月にまとめて休みを取る人なんだなと認識してくれるようになっています(笑)」そして実際に、会社の一部の人たちにも応援されるまでになっているという。

少し時間が経って、改めて振り返ってみると

「TOR330は日本にはないコース設定で、アルプスの壮大な景色を堪能しながらの最高の旅が経験できます。200マイルという距離からは、何かしら得るものがあり、世界観が変わると思います。またこれまでの準備、装備の答え合わせができたこと、距離にリミットはなくて適切に身体を休めれば踏破できること。このふたつがわかったことも収穫です。

参加費15万円も6日間の旅行と思えば高くはない……、と思います(笑)。100マイルに飽きてきて次の目標を探している方にはぜひお勧めします。そして100マイルをなかなか完走できなくてモヤモヤしている方、休みながら進み続けられるガッツがあれば200マイルの方が向いているかもしれません。海外、しかもヨーロッパなのでお金も時間もかかりますが、早いタイミングでぜひトライして欲しい価値のあるレースです。」

2025年のレースエントリーが2月上旬からスタートする。少しでも気になっていたら一歩踏み出してみてはどうだろう。