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開発秘話 vol.6 2023モデル ①
2023.04.18 PRODUCT

開発秘話 vol.6 2023モデル ①

トレランシーンの成長とともに、ロングレースモデル「UT」爆誕!

2014年にリリースした「ラッシュ」は、幅広い層のランナーが愛用する「国産トレランパック」としての知名度と信頼を獲得。発売以降、ランナーの要望に応えるようにマイナーチェンジとモデルチェンジに取り組み、プロダクトの磨き上げを行ってきた。しかし、ランナーの成長とともに、さらにレースをターゲットにした「本格仕様のラッシュ」を求める声も高まってきた。そんななか誕生したのが「UT」と名付けたフラッグシップモデルだった。


 

前回は、トレランシーンに殴り込んだプロダクト「ラッシュ」の誕生、そしてランナーに受け入れられるまでのお話をお伺いしました。パーゴワークスとしては、その次に「UT」というレースモデルを開発するわけですが、その背景について教えていただけますか?

「ラッシュ」発売当初は、愛用してくれていた人の多くはトレランビギナーだった。でも、そんなランナーたちが、「海外レースに出ます」「100マイルに挑戦します」と、レベルアップしてきた。「『ラッシュ 12』でレースに出られますか?!」って聞かれても、俺からすると「ちょっとしんどいかも……」と。「ラッシュ」そのものが、海外ブランドのレース仕様モデルへのアンチテーゼみたいなところがあったし、レースをターゲットにしたプロダクトではなかったからね。

でも、実際に日本人ランナーの成長が著しく、レース向けのモデルの必要性をひしひしと感じていた。そこで取り組んだのが、「UT」の開発だった。レースで表彰台を狙えるトレランパックだね。


同時に、2016年あたりにフランスのシャモニーにUTMB(Ultra-Trail du Mont-Blanc:世界最大級のトレイルランニング大会)を視察しに行ったんだけど、やっぱりトレランの本場の雰囲気はすごかった。ヨーロッパならではの山岳の景色も、トップランナーのかっこいい姿も、シャモニーの街の雰囲気も、どれもが刺激的。ここで思っちゃったんだよね。「俺はUTMBを走れないけれど、『ラッシュ』を表彰台に乗せることはできるんじゃないか」って。これも「UT」を作るモチベーションのひとつ。

最初に作ったのは、シンプルなベスト型。布一枚だけ。でも、「いや待てよ、もっと面白いことできるはず」と作ったのが、ボディを外せる機構を備えたプロトタイプ。「カーゴ 55」と同じ考え方で、体に合ったバックパネルと、用途に応じたコンパートメントの組み合わせができるのが特徴。

体は基本一緒だから、ハーネスはひとつ、コンパートメントは遊び方に合わせて選べばいい、と。ただ、フィッティングが微妙(笑)。ハーネスとコンパートメントを分割することでポケットの自由度がなくなってしまったし、そもそも走るときの安定感が得られなかった。まあ、アイデアとしては、面白いんだけど、「ラッシュ」シリーズのコンセプトである「ランナーのストレスを減らす」ことにはつながらなかった。


構造としては面白いけれど、実際にレースのことを考えると実用向きではないと。

こういうアイデアの原石みたいなものは、ほんとうにたくさんあって。まずは形にしてみて、そこからまた考えるのはいつものこと。で、この分離型トレランパックは違うなと思い、ベスト型で作ってみたのがこれ。上部にフリーポケットがあって、荷物を放り込める仕様になっている。下から開くシェルジャケット専用のポケットも配置。ジャケットって、スタートの寒いときに羽織っていて、走りはじめて渋滞がなくなったらすぐ脱いじゃう。脱いだジャケットは走りながら下のポケットに突っ込めばOK。ちなみに、2018年のハセツネカップで、テスターになってくれた吉原選手が2位でゴール。試作品がレースで実用できるという手応えはありました。

もうひとつが、少し容量を大きくしたプロトタイプ。重心を高くして、安定感を高める設計にしているんだけど、これが「UT」の原型かな。このタイプをブラッシュアップしていって「UT」という名前でリリースした。

いまでこそ、「UT」は、レース向けのフラッグシップモデルというイメージがあると思うけど、当時は「先行開発プロトタイプ」という位置付け。まだまだ「UT」の完成は先だと思っていて、ランナーのフィードバックをもらいながら、仕上げていきたかった。

だからこそ、売り方も特殊だった。不特定多数に売るのではなくて、100マイルに挑戦するような長距離を走れるランナー使ってほしかった。ファーストロットは100個だけ。本気でトレランと向き合っているランナーと一緒に、「UT」を作っていきたかったんだよね。ちなみに100番までのゼッケンも同封していた。これは「レースをターゲットにしたパックだし、一緒にゼッケンが届いたら面白くない? 」っていう、パーゴワークスの遊び心。

同時に、購入者はFacebookコミュニティにアクセスできるようにした。アクセスしてグループに参加するとディスカッションができる。つまり、コミュニティ連動型のプロダクトだったんだよね。

「UT」は進化することが使命。トレランの大会やイベントで、ユーザーからフィードバッグやアンケートをもらって、ブラッシュアップする。購入の条件も、100マイルへの挑戦や100km以上走れる人に限定していたので、レースでブースを出していると「UT」ユーザーが訪ねてきてくれるんだよね。

使い勝手とか、改善点とかを聞いて、データとして整理していく。いまもまだ全部残っているけど、これだけたくさんのランナーがブースに来てくれている。この声をどうやって製品に反映させるか。これは結構なプレッシャーでもあったよね。

リアルなイベントだけでなくて、ネットコミュニティ上で集めた意見もとても役に立った。Googleフォームでアンケートをしたんだけど、集計してみるとみんなが感じているよさや不満が見えてくる。結局、「UT」はおおよそ2年ごとにバージョンアップして、3代目まで作った。

「UT」をリリースしたことで、レース上位を狙うトップランナーだけでなく、海外のステージレースやアドベンチャーレースを転戦しまくるような、超人的な面白いランナーたちと出会うことができた。自分たちでは想像もできない、すごい体験をしている人たちだよね。彼らの話を聞いているだけでワクワクしてくるし、デザイナーとして「期待に応えたい」という気持ちになる。やっぱり、俺はデザイナーだから、常に新しいモノづくりをしていたいんだよね。

さすがに、ひとつのモデルにこれだけの作業をするのははじめてのこと。すごくエキサイティングだった。同時に、レース向けのトレランパックを本気で作っているというブランドの姿勢を示せたし、パーゴワークスが開発型でモノづくりをしているメーカーだということをわかってもらえたと思う。


これまでの「ラッシュ」と「UT」の開発で、考え方を変えたところは?

大きく違うのは使用環境。100マイルのレースを走るとなると、すべてが過酷。寝ずに一昼夜走るわけだし、常に極限状態なんだよね。ランナーが朦朧としているなかでバックパックは確実に機能しなければならない。デイパックのデザインとしては、かなりシビア。

ポケットが使いにくいばかりに補給が面倒になって、走れなくなるというケースもありうる。メインへのアクセスがしにくいために、荷物を入れ忘れてしまったり、あるいは落としてしまうとか。バックパックの仕上がりが、レースの結果を左右する可能性もあるわけ。このシビアさに応えるのは、かなり難しかったと同時に、やりがいを感じていたよね。

売り方もかなり特殊だった。先ほど100個しか作らなかったと話したけど、「UT」は多くの人に届けるプロダクトではなかったから、プロモーションはなし。イメージムービーを流しただけで、Webサイトにも「UT」の情報はアップしなかった。

最初は6店舗だけ、ずっと「ラッシュ」を扱ってくれているトレランショップにサンプルを2つ送って、お店でフィッティングしてもらって、よかったら申し込み。100kmのレースに出たという証明も必要だった。

限定生産だったから、1店舗あたりの販売数は少なかったし、そもそも商売としても小さい。でも、予想に反してランナーからの反応は驚くほど大きかった。大きすぎたかもね。100マイラーって、こんなにたくさんいたんだって。


ランナーからすると、アンテナを立てていないと情報がキャッチできない超レアアイテム。あえて購入しにくい売り方にしたのは、何でもググったら買えるマーケットへのアンチテーゼでもあった。ただ、嫌われるリスクもあった。いままでは「みんなのラッシュ」だったのに、いきなりツンツンなわけでしょ。それに対する心配はあったし、手に入らなくて悔しい思いをした人もたくさんいるので、申し訳ないと思うけど、手にした人の満足感は高かった。

 

そして、「新型ラッシュ」のリニューアルが待ち受けているわけですが、「ラッシュ」の普及とトップランナーとの関わりをつくった「UT」がどのように作用したのでしょうか。

初代「ラッシュ」は、俺の提案を世に投げかけるプロダクトだった。デザイナーとしての腕試しだよね。モデルチェンジはユーザーの声を聞いて「ラッシュ」を一般化していくプロセス。そのうちにランナーも増えて、レースで活躍する人も増えてきた。一緒に成長してきた実感はたしかにあった。

「ラッシュ」を使ってくれているランナーは、まさに財産。だからこそみんなでトレランパックを作りたい、みんなの声を集めたらすごいことができるのではと思いはじめた。

ちなみに数年前から、開発は「プロダクトコミュニケーション」だと言っているんだけど、これは製品を通じたユーザーとメーカーの双方向コミュニケーションのこと。我々はプロダクトをユーザーに提供する。ユーザーは使って、フィードバックする。その双方向のキャッチボールによって、いいものを作っていく。結果として、ユーザーの満足度もアップし、愛されるブランドになる。

当たり前のことではあるんだけど、この「プロダクトコミュニケーション」をパーゴワークスの軸にしていこうと思っている。そして、「ラッシュ」のリニューアルで実践したかった。

プロトタイプ作りは、まずは膨大な情報をまとめて形にすることからスタート。製品を考えるより、みんなが何を考えているか理解して、具現化することを優先した。プロトタイプができたら、テスター関わってもらっているランナーに、評価してもらう。「認めてもらうぞ」「俺が作ったものはどうだ!」という気持ち。「いいでしょ?」「使いたいでしょ?!」って(笑)。

結果的に、プロトタイプに時間をかけすぎてしまったのだけど、この過程があったからこそ、いいモノが作れたのだと思う。


まさに満を持してのリニューアルになったと。

何度も言っているけれど、思考がデザイナーなんだよね。誰かのためにモノづくりをしたい。パーゴワークスの製品は、俺の自己表現のモノではないし、商売をデカくするための商品ではない。デザイナーのひとりよがりではなく、ユーザーがいて成り立つブランドでありたいと思っているんだよね。

パーゴワークスの立ち上げも、まずは自分の腕試しだった。モノを出して、使ってもらえるかどうか。はじめは手探りだったけれど、今はユーザーと一緒になってモノづくりをするという理想的な関係ができている。その関係性の集大成が、「新型ラッシュ」なんだよね。次回は、リニューアルした「新型ラッシュ」のディテールについて話していきたいと思う。結局、また前夜の話までしかいかなかったなあ(笑)。