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開発秘話 vol.7 ラッシュ編 2023モデル ②
開発の裏側に隠された
デザイナーのジレンマと手応え
— ついに、今シーズンデビューとなった新生「ラッシュ」についてお伺いしていきたいと思います。レースモデルの「ラッシュ 7R」「ラッシュ 11R」、レギュラーモデルの「ラッシュ 10」、「ラッシュ 20」、「ラッシュ30」の5アイテムがラインナップしています。
実は、「ラッシュ」の全アイテムをリニューアルするつもりはなかったんだよね(笑)。なんとなく、15リットルくらいのバックパックを試作してみたら、自分でもすごく好きだったし、スタッフも満場一致で「これいいじゃん!」ってなった。
コードネーム「SIVA(シヴァ)」。UTよりちょっと大きいくらいで、現行の20リットルモデルをベースにしたプロトタイプだったんだけど、アンバサダーランナーの染谷英輝さんからも「製品化してほしい」という声もあったりして。でも、これを製品化しちゃうと、ラインナップが崩れてしまう。12リットルモデルもあるし、20リットルモデルもある。こんなに細かく容量設定してプロダクトを展開するブランドなんてないじゃん(笑)。
「ラッシュ」が破壊されてしまうと思って、ヒンドゥーの破壊神である「SIVA」という仮称をつけた。でも、これがリニューアルのカギとなったんだよね。「ラッシュ」シリーズに入れるには、ラインナップそのものを見直さなければならない。
最終的には、「SIVA」は「ラッシュ20」になったんだけど、それまでも紆余曲折があった。というのも、「ラッシュ20」はかなりの人気モデルだった。発売当初から売れつづけていたし、降板させるわけにはいかない。ジャッジは簡単ではなかったよね。
ちなみに、「SIVA」を作っていたのが2021年の夏。ちょうどアンバサダーの大畑匡孝さんが「ラッシュ 20」のカスタマイズバージョンをTJAR(Trans Alps Japan Race)でつかってもらっていて、実用してのフィードバックも反映して、2022年に開発に取り掛かった。
用途としては、荷物量がそこそこあってラン要素もあるハイク。いわゆるファストパッキングをターゲットにしたモデルだけど、普通に登山にも使えるし、TJARみたいな山岳レースでも使えるし、結構汎用性の高さが魅力だね。
— 今回のラインナップでは、「R」がついたレースモデルもリニューアルしました。
「ラッシュ 20」の次に開発に取り掛かったのが、「ラッシュ 11R」。これは、「UT3」の量産モデルという位置付けで、イメージは比較的スムーズだった。「UT3」はバックパネルオープン仕様なんだけど、「ラッシュ 11」はトップに開口部を持ってきた。
これには理由があって、「UT3」は完全にレース仕様で、競技中には荷物の出し入れをしないという想定。ただ、パッキング時のストレスを限りなく減らしたいと、バックパックのメインとショルダーの装備が一目瞭然で確認できるようにバックパネルオープンを採用していた。
「ラッシュ 11」は、量産化にあたってもう少し広いレンジでの使用を考えた。練習で山を走るみたいなときは、バックパックを肩に掛けて装備をチェックすると思うんだよね。実際に使われるシーンを想定して、トップから荷物を出し入れする仕様にした。
ただ、ここに至るまではいろんなパターンを検討していたんだよね。ハの字型、V字型、縦開きなどなど。俺の場合は、思いついたらいろんなパターンでプロトタイプを作っちゃう。よく、いくつも作って大変でしょって言われるけど、実はこれが一番の近道。ボリューム感とか使い勝手とか、すぐジャッジできるから。
「ラッシュ 11」は、基本的には100マイルなどのロングレース向け。必携品も多く、走る環境のバリエーションも多彩で、ある程度の装備を携行できるよう最適な容量と、長時間・長距離のランでも体に負荷を与えない安定性とポケットの使いやすさを追求した。UTで成功した逆台形の高重心設計を反映している。
— そしてショートレース向けの「ラッシュ 5R」。
実は、「ラッシュ 7R」の開発はすごく苦労したんだよね。「ラッシュ 20」と「11R」「7R」は兄弟的なアイテムで、「UT3」があったからイメージはできていた。「SIVA」を作ってモチベーションもあったし、「ラッシュ 20」と「11R」はトントン拍子にプロトタイプが作れていた。
「ラッシュ 7R」に関しては、レーシングモデルという位置付けなんだけど、「尖ったレース特化モデル」にするか、これまでの「みんなの優しいラッシュ」にするか、葛藤があった。結局ゼロからデザインしたんだけど、いわゆる「ラッシュ」らしさのかけらもないような試作にもチャレンジしているんだよね。
要は、レースでの実用を考えると、必携装備が入るコンパートメントと走りながら使えるサイドポケットがあればいい。用途を考えて開発するという、つまり原点に立ち返る作業だった。そして、ユーザーから集めたフィードバックを見返していくと、シンプルで使いやすいこれまでの「ラッシュ」らしさが評価されているとあらためて気づいた。
いろんなプロトタイプを作ったけれど、最終的には「ラッシュ」の原点でもあるセンタージッパー仕様で、柔らかいシンプルなデザインで進めていこうと判断。最後にはユーザーズボイスに立ち返って、現状のモデルを改善して正常進化させようと。
まあ、そうだろうなという感じではある。ゴールはわかっていても、寄り道して確認していくのは必要なんだよね。いろんな振れ幅での試作と検証をすることで、自分のデザインの幅を確認して、寄り道した時のノウハウを取り入れていく。そうでもしないと新しいモノは生まれないと思う。
そして、アンケートからプロダクトを作るのは、入力に対して答えを出すだけのAI的な作業。そんなデザインは面白くない。ランナーの期待に応え、超えていくためには、振れ幅を大きくしていかないとダメ。だから「ラッシュ 5R」は正常進化ではあるけれど、背負って、走って、使ってみたらグッとよくなっていることを実感できると思う。
あと、ひとつエピソードがあるんだけど、去年のUTMF(Ultra Trail Mount Fuji)で、山田陽介選手が、ゴール直前で必携品を落として入賞を逃した瞬間にリアルに立ち会ったんだよね。それがすごく苦い経験として残っていた。ユーザーの使い方かもしれないけれど、デザイナーとしての設計の甘さがあったんだと思うんだよね。
そこで新しいポケットに作り替えた。見た目はそんなに変わらないんだけど、開口部の折り返しを大きくしている。折り返しの効果で、ジャケットだけではなくボトルを入れても落ちにくい。これは意地だよね。
コードをつてたり、ポケットを深くしたり、開口部を狭くしたりとか、いろいろ検証した。深くすると一見よさそうなんだけど、腕の関節の可動域では取り出せなかったりしてNG。ポケットを深くしすぎず、でも装備が落ちないように、いろいろ試作して、試してみた。
— そしてレギュラーモデルも新たに見直したと。
ぶっちゃけた話、「ラッシュ 10」は廃番にしようと思っていた。レース用途であれば「ラッシュ5R」と「ラッシュ 11R」があるし、デイパックなら「ラッシュ 20」、オーバーナイトなら「ラッシュ 30」がある。これでラインナップが整っているじゃんって。
「別にいらなくね?」って、本気で思ってた。でもやっぱり、お店ではこのクラスが売れているし、ユーザーも多いのは事実。なんだかんだ、「ラッシュ」の顔的な存在だったんだよね。しかも、前回話した「ビギナーを大切にしている」ということからも離れてしまう。
だから、やっぱりエントリー向けのやさしいデザインも残そうよと、満を持して開発に取り掛かった。でも、やっぱり一筋縄ではいかなかったよね(笑)。ちょうど試作している時期に新宿御苑の植物園に行ったんだけど、ウツボカズラを見てさ。たぶんその後に作ったからこんな形になっちゃった。まあ、でも「これじゃねえ」ってなった(笑)。
これも、いろいろ作ったけど、現行モデルのシンプルな設計思想は受け継ぎつつも、高重心の逆三角形型を採用。生地は伸縮性のあるダーリントンメッシュで、パッキングのしやすさにもこだわった。機能的なところも大事ではあるんだけど、これまで愛されてきた「ラッシュ」としての顔としてどうあるべきかをあらためて考えて、行ったり来たりした感じなのかな。
— 「ラッシュ 30」もデザインをブラッシュアップ。
基本的に前のモデルを踏襲しているんだけど、全体のバランスを整えています。このモデルは大畑さんがずっと使ってくれていたので、フィードバックをもらって細部を改良しています。フロント部分のデザインを見直して、より体にフィットする形状に。ポケットを深く、トップポケットはメッシュではなく生地にしたりなど、ディテールをブラッシュアップしている。
やっぱりOMMやアドベンチャーレース的なアクティビティはもちろん、オーバーナイトでのハイキングやファストパッキングにはちょうどいいモデル。
駆け足になってしまったけれど、リニューアルの5アイテムの開発の裏側はこんな感じ。ユーザーは完成形しか見られないけれど、たくさんの試作と検証があって、たどり着いた答えなんだよね。そして、知ってもらいたいのは、どのモデルにも関わるランナーの声が存分に反映されているということ。今回のタグラインである「Designed by the Runners」を体現したのが、この「ラッシュ」なんだよね。