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開発秘話 vol.9 トレイルポット編
アウトドアにおける調理を再解釈する 懐かしくも新しいパーゴワークスの「鍋」
パーゴワークス初となるコッヘルシリーズ「トレイルポット」。丸型が一般的なアウトドア用コッヘルにおいて、角形を選び、かつ1200mlという大容量を備えたモデルは、2023年に発売されると瞬く間に初回ロットが完売。「調理の幅が広がる」「パーティー山行での複数人の調理に欠かせない」など、ユーザーから高い評価を得てきた。しかし、バックパックやシェルターを中心に展開してきたパーゴワークスは、なぜコッヘルを作ったのか。その背景と開発に込められた想いに迫る。
— やはり「パーゴワークス初のコッヘル」というのは、展開製品のカテゴリー拡大という意味でも、インパクトのあるトピックだったかと思います。どのような経緯で開発に至ったのでしょうか。
2018年に発売した焚き火台「ファイヤースタンド」の存在が大きいかな。ハイカーにも焚き火を楽しんでほしいと、軽量でコンパクトな焚き火台を作ったときに、「これに合うコッヘルも作りたい」と。現行の製品は2代目なんだけど、初代モデルはクロスフレーム型だったので、丸型の鍋だと中心にしか置くことができなかった。しかも丸鍋だと直径を大きくすると容量も増えてしまう。そういう制約のなかで、もっとコンパクトで収まりがいいものを、と四角のコッヘルを模索しはじめた。
同時に、あらためて自分にとってのアウトドア用の鍋を振り返ってみると、長年ずっと使っていた「モリタ」の角形コッヘルがあった。インスタント麺がすっぽり入る形状で、軽量なアルミでできていた。黒いツマミがついていて、往年のキャンプ道具という佇まいもかっこよかった。そういう意味でも、角形コッヘルには思い入れがあった。
当時盛り上がっていたULハイクで考えれば、チタン製で、丸型で、ミニマムな容量のものが人気だった。でも、調理を楽しむキャンプや複数人での山行なら、ある程度容量がある方がぜったいに使いやすい。ULにとらわれずに、パーゴらしいコッヘルを作りたいとも思っていたかな。というか、丸型は作る意義が見出せなかった。ガスカートリッジが入るサイズとかスタッキングがしやすいとかそういうくらいで、いい製品がたくさん市場にある。パーゴでやらなくてもいいんじゃない?って。
四角にした理由は他にもあって、「コンビニ」で食材を調達することを想定したのもそう。日本でのキャンプのスタイルを見ると、なんだかんだ食材はコンビニで買うことが多い。キャンプに行くとき、ハイキングに出かけるとき、みんなコンビニで買ったのをちゃちゃっと使ってる。「それがリアルじゃないの?」って。そのニーズに対して、応えてみたかった。トレイルポットの場合、象徴的なのは「サトウのごはん」がすっぽり入るサイズにしたこと。パッキングとしても収まりがいいし、湯煎もできる。
で、とにかくプロトタイプを作りまくった。アルミの板を叩いて作ったんだよ。曲げわっぱみたいに(笑)。パーゴの製品開発は、デザインの可能性をとことん探ることからはじまる。バックパックと違って、コッヘルは製造で金型を作るのでサイズや形状を変えることはできない。つまり、マイナーチェンジができない。もちろん金型を作り直せばいいけれど、何百万円もかかってしまう。だから、スタッキングや組み合わせるアクセサリーを想定し、将来的に商品がどう育っていくかも考えながら仕様を決めていった。2024年夏に発売を予定しているトレイルポットS900(小型モデル)も、この時点で構想があった。
ちなみに、ファイヤースタンドを発注していた工場が、アウトドア用のコッヘルや金物の鍋の製造を請け負っていたことも開発の大きな支えだった。中国の本社に行って話を聞いて、一緒にやりましょうとなった。パーゴのものづくりは工場探しも大切で、信頼のおけるパートナーがいないとはじまらない。
— 角形、複数人で使えて、コンビニ食材を想定したサイズ感。そこまで辿り着いて、開発の次のステップは?
ハンドルかな。最初は、コッヘルの縁を掴むバーハンドルタイプを目指していた。パーツが分かれるのでスタッキングもしやすいし故障箇所も少なくできる。でも、いろいろな不具合があることもわかった。ひとつがコッヘル内部の塗装を痛めてしまうこと。挟むところにゴムがついていて傷をつけない仕様もあるんだけど、コッヘル側の問題もあった。トレイルポットで使っている金属板は厚みが1mmでプレスすると0.9mmくらいになる。しかもフッ素コーティングの熱処理の影響でアルミが柔らかくなってしまう。つまり本体側の強度の面でも、バーハンドルタイプは現実的ではないことがわかった。
もうひとつが耐久性。丸型とは違って角形は毎回同じところにハンドルを噛ませるので、長期使用での安全性にも疑問符がついた。実際、焚き火でテストしてみると曲がってしまう。もちろん、板を分厚くしてフッ素加工をやめようとも考えたんだけど、それでは本末転倒。道具として軽くてシンプルなものを、というのが基本コンセプトだったから。もうひとつ、バーハンドルは紛失したり持ってくるのを忘れたりするとコッヘルが使えなくなるというリスクも想定した。
一方で、メスティンみたいなタイプのハンドルも考えてみた。でも、これはトレイルポットのサイズだと支点が下がってしまうので使いにくい。折り返しを逆にすればいいけれど、安全機構をしっかり作らないとひっくり返ってしまうのでNG。
結果、行き着いたのがバタフライ型。ハンドルの素材はアルミではなく、長い間火にかけたりすることを考慮しステンレスに。アルミだと熱伝導がよすぎて熱くて手で持てない。軽くていいんだけどね。ハンドルはなるべく長くして、焚き火の中心から距離を取れるようにした。
— ハンドルひとつでも、これほどまでの試行錯誤があったんですね。ほかにもトレイルポットを開発するうえでのエピソードはありますか?
「目盛」かな。水の量はいいとして、問題は「米」の表記だった。トレイルポットでは、お米を2合まで炊くことができるんだけど、お米だけの目盛なのか、水を入れる目盛なのか、そして「合」を入れるかどうか、などなど(笑)。昔のコッヘルには「ごはん」「水」とか書いてあるものもある。でも山だと気圧や気温で水の量を調整する必要があるから、一概にこの量というのは言えない。だから結局、米の量だけわかるようにした。ちなみに、4合まで目盛りがあるけれど実際は2合くらいが最大かな。
あと、リブは縦にするか横にするかというのも。強度的には縦なのだろうけど、焼くときの油の流れとか焼き目とかを考えると横がベター。長いものを焼くときには横がいい。アスパラとかシシャモとか(笑)。
コッヘルの底に「足」をつけるかも議論もあった。地面に置いたときも熱が逃げにくいし、かつファイヤースタンドの上でも滑らずゴトクに引っかかるように足があったらいいと思った。でも、これは仲のいいアウトドア料理人の「内側を綺麗に洗うのが難しい」の一言でなくなった(笑)。
ほかにも、蓋にはフックをつけたり、湯切り用の穴を設けたりと、使いやすい仕様をたくさん盛り込んでいる。使っているうちに、便利さに気づいてもらえるはず。ちなみに商品名になっている「1200」なんだけど、これは満杯時の容量。もともとは1000ml、つまり1Lを沸かせるコッヘルを目指していたんだけど、多少余裕を持たせるとマックスの容量が1200mlになった。キリがいいし本当は1000という名前にしたかった。でも、これはすり切りの量を表記する鍋業界の慣例に従った。余談だけど実際の容量は1300くらいある(笑)。コッヘルを作るのははじめてだったということで許してほしい。
— トレイルポットの開発がはじまったのは2018年。そして発売は2023年。ゆうに5年もの歳月がかかり、その間にバディやニンジャシェルターといったプロダクトが登場しました。これほどまでに開発に時間がかかったのはなぜなのでしょうか。
工場での試作品作りがうまくいかなかった。当初はコッヘルづくりが得意な工場だと思っていたんだけど、何度やってもうまくいかない。金型から抜くときにできる傷の研磨、外側のアルマイト加工、内側のフッ素加工も、どれも期待していたクオリティに至らなかった。そのうちにコロナ禍になり、工場もストップした、工場の担当者が変わってしまうことも度々あった。レスポンスがだんだん悪くなって、開発も中断してしまった。あとで聞いたら、角形のコッヘルを作るのははじめてだったんだって(笑)。
結局、ツテで知り合った工場に頼んで、金型を移動して、無事生産することができた。正直、この製造にまつわる苦労は途方もなくて、何度もトレイルポットの発売を断念しようかと思ったほど。でも、なんとか発売にこぎつけることができて、しかも評判は上々。やっと報われた気になれた。新しいものを作るためには苦労もあるけれど、それも含めて開発の楽しさなんだよね。