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PCT Days 2023出展レポート
The Farthest Vender(遠くから来た出店者)
今年8月にアメリカ、オレゴン州のカスケードロックスで開催されたPacific Crest Trail Days 2023へブース出展してきた。Pacific Crest Trail はメキシコ国境からカナダ国境まで、アメリカの西海岸を貫く約4000kmのトレイルのことだ。Trail Daysは、PCTロングトレイルを歩くハイカーのためのお祭りで、始まりは2007年に先輩PCTスルーハイカー(※1)が後輩ハイカーにBBQをふるまったことがきっかけだった。
このイベントに出展するのは、パーゴワークスとして3回目、私個人としては初めての経験だった。以前はLocus Gear(日本)やZerogram(韓国)などのアジアメーカーからの出展もあったが、コロナを機に出展を辞めてしまったようだった。「日本からこのイベントのために飛んで来たの?君が一番遠くからのメーカーだね!」と何度も驚かれた。
今年で16回目を迎え、過去最多の100の出店者と4000名の来場者が集まった。来場者はPCTのスルーハイカーのみならず、地元のアウトドア愛好家やトレイル整備のボランティアなどPCTに関わる人々が集まり、小さな田舎町がお祭り一色になるほどの盛り上がりをみせた。今回が初めてPCT Daysに参加した私(ユーリ)が、アウトドアの本場アメリカでのイベント体験記を綴っていく。
まずはHyperlight Mountain GearやGossamer Gearなどもうアメリカでは老舗と言って良いお馴染みのULパックメーカーは、非売品のブランドTシャツをフリーで配っている。しかも雑にダンボールで!(笑)
長旅で壊れてしまったギアをその場で直してくれるメーカーもある。ビッグアグネスはミシンと補修パーツ(ナイロンパッチやテントポールの節など)をあれこれ持ち込んでいた。これも代理店ではなく、メーカーの本国だからできるサービス。
日本未上陸のメーカーもあった。例えば、Nashville Packは今年初出展のメーカーだったが、GrantとLeviという2人組でナッシュビルに立ち上げたガレージブランド。特徴はトレランパックのようなショルダーハーネスにポケットのたくさんついたULパック。背面長や生地のカラー、ポケットなどカスタマイズして注文することができる。
さらにゲリラ出店?しているようなガレージブランドもあった。Jolly Gearは、ブースは無いのだがサンプルをバックパックに入れて会場中を歩き回り、お客さんが気に入れば、オンラインショップを案内するというかなりグレーなビジネスをやっていた。彼らはアメリカのハイカー界隈で今1番イケてるアパレルメーカーで、フード付きのシャツを売っている。会場のそこかしこで、彼らのクレイジーな柄シャツを見かけた。
その他にも、ぐるっと会場を周っただけで、ステッカーやレアな非売品のサンプルなどがたんまり手に入る。しかも全部フリー!各ブースは様々なゲームを用意していて、ピンポンゲームやじゃんけんなどで勝つと、メーカーの看板商品をもらえたり、メール会員になるとオンラインショップの割引クーポンをもらえたりする。
PAAGOWORKS @PCT Days!
去年まではNINJAシリーズを中心にテントやタープなどを展示販売したが、今回はパーゴ主力製品、バックパックやスイッチやスナップなどのハイキング小物を持ち込んだ。目の肥えたアメリカ人に受け入れられるかと心配だったが、パーゴが得意とするフロントバッグはアメリカでも大ウケ。「何このカラビナ?どこでにも取り付けできるね!」「ポケットがいっぱいあって使いやすそうだね。」と上々の反応。日本のユーザーもブースに遊びに来てくれた。
さらに前回好評だったNINJA TARPの早張コンテストも開催。2時間で23人も挑戦してくれた。コンテストは予想以上に大盛り上がり。周りで応援する人やヤジを飛ばす人、我こそはと名乗りをあげる人など、ブースの周りには賑やかな人だかりができた。今回の優勝者はポートランド在住のアメリカ人Evicの33秒!(準優勝は台湾人のPCTハイカーのPuffは35秒で2秒差だった。)
PCT Daysの楽しみ方は色々。地元ポートランドのアウトドアブランドや70年代から業界を引っ張ってきた老舗メーカー、本当に生まれたばかりのガレージメーカーまで、肩を並べて出展できるイベントだ。オンラインショップでなんでも買える時代に、メーカーの顔をみてフィードバックする機会があるのは、アメリカのブランドが一斉に集まるこのイベントならではのこと。パーゴワークスもメーカーとユーザーの相互コミュニケーションを大事にしてきた。また来年も絶対PCT Daysに戻ってこようと誓った。PCTを歩くハイカーのみならず、8月のこの時期にポートランドにいく機会があればぜひ参加してほしい。
おまけ的シエラ旅
今回せっかくアメリカに来たのだから、シエラのトレイルをゆっくり歩いてみようと思った。例に漏れず行き当たりばったりな旅になったので、その様子を絶景とともにお届け。
サウザンド・アイランド・レイク
ヨセミテに行くのは人生でたぶん2回目だ。「たぶん」と言ったのは、3歳の時に両親に連れられてきたので記憶が無いからだ。実家に行くとヨセミテ、セコイヤ、イエローストーン、グランドキャニオン、ザイオンなどの景勝地でキャンプして周った写真がいっぱい出てくる。けれども私はいつも変な顔で写っていて、その「ありがたさ」を全く理解してないようだった。
だから今回は、自分1人で、自分で調べたルートで、自分で勝ち取った休暇で、ヨセミテを歩いてみようと思った。かっこいい事を言ったが、本当はかなり焦っていた。リサーチを怠ったのでトレイルの情報がない。そうこうしているうちに出国日が来て、パーミット(※2)も取らずに飛行機に飛び乗った。
JMT(※3)やPCT(※4)を歩いたハイカー達は、口を揃えて「サウザンド・アイランド・レイクが最高だ。」と言う。とにかくまずはその湖を見にいこう。純粋にトレイルを歩けるのは8日間。今回は、限られた時間でシエラのハイライトを目指すことにした。準備不足は否めないが、今までだって無計画な旅を楽しんできた。今回だって問題ないはず!と自分に言い聞かせた。
ガス缶の残りがある場合、ゴミ箱の上に置いていくと後のハイカーが使える。
パーミットを取得すると、予約なしでヨセミテに前泊することができる。
ハイキングで役に立つかもしれない英語 ”Yosemite”
ヨセミテが通じない。最初に気づいたのは入国審査の時、何度もヨセミテにハイキングに行くと言ってるのに通じない。その後もなぜか何度も聞き返される。よくよく聞いたら、全然「ヨセミテ」じゃない。正しくは「ヨスィミティ」。一発で通じるようになった。発音大事。
孤独とウィルダネス
モノ・パスTH(※5)という登山口からエントリーしてサウザンド・アイランド・レイクへ向かうことにした。ヨセミテ公園から登山口までは、バスでトォルミー・メドウまで行き、そこから徒歩かヒッチハイクでアプローチする。結局登山口に着いたのは12時。さあ、ここからが本番。ちょっとスタートが遅くなったけど、気を取り直して歩き始めた。すぐに非日常的な風景が始まる。ジブリに出てきそうな草原を抜けると、一気に視界が開けて、細いトレイルがどこまでも伸びていた。
高低差もさほどないので、どんどん歩き進める。遠くの小川に雪解け水が流れ込む音と、自分がトレッキングポールを地面につく音以外は聞こえない。歩いても歩いても、前にも後ろにも人がいない。全く誰ともすれ違わない。次第に歩いている道が合っているのか不安になってくる。仮にもヨセミテ、世界中のハイカーが集まる登山道なのに、こんなことってあるだろうか。紙地図とGPSアプリを何度も睨めっこしながら、慎重に歩いていく。
今日はこの辺で寝よう。5時間ほど歩いて雪渓下の静かな湖の近くにテントを立てた。本当はコイップ・パス(峠)を初日で超えるつもりだったが、歩き出しが遅かったし、なんだか頭痛もしてきたので、無理はしないことにした。その地点で標高3000mだから、高山病かもしれない。
ハイキングで役立つかもしれない英語 "Tuolmne Meadow"
この場所を発音しようとする度に舌が絡まりそうになる。他のハイカーに教えてもらったTipsだが、”To follow me”と言えば良い。たしかに、今度はかなりスムーズに言えた。そのハイカーもレンジャーに教えてもらったと言っていたので、どうやらアメリカ人でも発音しにくい地名のようだ。
峠越え
頭痛は次の日にはスッキリ治っていた。いよいよ今回の旅の最高地点、コイップ・パスを登る。3700mだから富士山と同じくらい。ザレた急登を長いつづら折りの道で登っていく。トレイルはかなり狭く、バランスを崩したら雪渓に真っ逆さまだ。ここで死んだら何日後に発見されるかな、変な考えがよぎる。ようやくピークに着くとそっけない標識が建っていた。
昼前にアルジャー・レイクまで来たので、少し休憩することにした。水を沸かしてアメリカで手に入れたトレイルフードを食べる。かなり美味しい。湖の周りはふかふかの芝生のような草原が広がり、ここでキャンプしたらさぞかし気持ちがいいのに。まだ昼前なのだ。
泊まりたくても止まれない
サウザンド・アイランド・レイクで一泊することは決めていた。だから今日そこまで一気に行くか、ちょうど良い中間のジェム・レイクあたりでもう一泊しようか。そんな事を考えながら標高を下げていくと、蚊が気になるようになってきた。沢のそばやクリークに近づくと、そいつらは一層増えて、服の上からでも刺し始めた。しかも痛い。チクッと刺す瞬間が分かる。ちょっと足を止めて、風景の写真を撮ろうものなら、一斉に20匹くらい襲いかかってくる。目や口の中にも入ってくる!急いでREI(※6)で購入したディート含有率の高い虫除けを塗りたくる。ズボンやキャップの上からも虫除けを塗った。
休憩もせずにひたすら歩いた。蚊のいないキャンプ地を求めて。どんなに歩いてもどんどん蚊が増えていく。ジェム・レイクは湖畔が広くて、かなり良さそうなキャンプ地だったが、蚊が多かったのでパス。足早に後にした。だんだん日が傾いてきて、今日中にサウザンド・アイランド・レイクまでいくのは無理そうだと分かる。JMT本流に合流する手前、ワウ・レイクでキャンプすることにした。テントのフライに虫除けをべっとり塗って、しっかりメッシュを閉めて眠った。幸い気温が下がって、夜は蚊はいなくなった。
ハイキングで役立つかもしれない英語 "Buggy"
"Last night I camped at the Rush Creek and it was really buggy." 分からない単語は笑って聞き流してしまう事もあるけど、この時はなぜか大事な感じがして、ちゃんと聞き返した。BuggyはBug(虫)が多い様を言い表すスラングらしい。「きのう沢の近くで寝たら、死ぬほど蚊がいたよ」という意味。
憧れのゼロディ(※7)
お目当てのサウザンド・アイランド・レイクは、完璧だった。もう完璧すぎて逆に嘘みたいだった。たった5kmしか歩いていないけれど、やっぱりここに予定通り一泊することにした。キャンプにもいい場所だった。風が強すぎて蚊がいないのだ。そこははじめて他の登山者のいるキャンプ地だった。近くのトレイルを歩いたり、ギアを乾かしたり、本を読んだり、昼寝したり、とても贅沢な時間の使い方だった。正確にはゼロではないけど、「歩かない」選択も悪くないなと思った。
シエラに来る理由
JMTへ合流してから、突然、他のハイカーにも会うようになった。すれ違う人と蚊の様子や渡渉の情報交換をしたり、これまでハイク歴を話したり。うんやっぱり一人で歩くよりずっといい。大自然の中で、自分の小ささと孤独を噛み締める夜も良いけど、やっぱり旅が好きなのはその土地の人々が築いた文化や生活がのぞけるから。シエラに来るのはどんな人なんだろう。
母娘でバックパッキングしてた2人組。娘のマーリーは早く帰りたくてちょっと機嫌が悪そう。「今までは親子3人でハイキングしてたけど、経営している農場が忙しくなって今回お父さんはお留守番。来月はお父さんとマーリーでバックパッキングする予定。そうやって交代して山に行くの。」そっかマーリーもまんざらでも無いのか。
トレイルによく馬糞が落ちていて、どこに馬がいるんだろうと思っていたら、向こうからホースライダーがやってきた。カウボーイハットがお似合い。写真を撮らせてと話しかけると、馬はスプリングという名前だと教えてくれる。「ここら辺は観光客向けにトレイルをホースライディングできるツアーがあるのよ。でも私のは違うの。昔はあなたみたいにバックパッキングしてたけど今は馬を育てて一緒にトレイルに行くのよ。」まさかの馬主!?アメリカはやっぱり規模が違った。
スプリングは写真を撮られるのが好き。カメラにポーズしてくれた。
オーストラリアからきたハイカー。このおじさまにはトレイルとヨセミテ公園内で3度も遭遇して、最後に一緒に写真を撮った。2週間の休みでヨセミテ周辺をハイキング。オーストラリアには熊は居ないから、ヨセミテの熊をかなり警戒していた。「ちなみにコアラは本当はクマ科じゃ無くて有袋類なんだけどアメリカ人は皆コアラベアーと言うんだ。(笑)」 「君は1人で来たの?しかもバックパッキングで?勇敢だね!」何度も”You are so brave!” と褒められるので、学生にでも思われていたのだろう。あえて年齢は伝えない事にした。
ハイキングで役立つかもしれない英語 "On my list"
なぜかこの旅で何度か聞いた。"Backpacking JMT is on my list." "Visiting Tokyo is on my list." といった風に。Listとは、バケットリストとかウィッシュリストという人生でやりたいことを書き留めておくリストのこと。「いつかやりたい/行きたいと思ってたんだよね」という文脈で使う。
街へ
登山者も多いし、もう何度もマップを確認しなくても大丈夫。大きくて扱いづらかった紙マップをザックの奥にしまいこんだ。しばらく歩くとまた静かなトレイルに戻った。全然ハイカーがいない。なぜ?今はJMTの上、つまりアメリカの表銀座。そろそろ沢にぶつかると思うんだけど...え、登り?何かがおかしい。GPSで現在地を確認すると見事に分岐を間違えていた。PCTの道に入ってしまったようだ。まあ、どちらでも街に降りられるのだから、このまま進もう。
デビルズ・ポストパイルTHまで降りてきて、バス停をみつけた。ところが時刻表がない。しかも電波がない。もしバスが一日一本だったら?もし今日のバスが終わってたら?このまま待ってても最寄りの街、マンモスレイクスに行ける当ては無い。よし、ヒッチハイクだ!そこへトランクが開けっぱなしのスバルが通りかかった。ドライバーにジェスチャーで伝えると、あわてて出てきた。そんなおっちょこちょいのロブに乗せてもらって、街に降りることができた。
出国前は「JMTをセクションハイキングする!」と豪語してたくせに、パーミットと道迷いのせいで、結局たぶんJMTと呼ばれる区間は3マイルしか歩いてない。帰ったら皆になんて言おう。笑ってくれると良いな。でも今回歩いた道は、見たことない景色と経験したことのない出来事の連続だったし、自分にとっては大きな冒険だった。乾燥してササクレから血が滲む指と泥だけの靴を眺めながら、ここまで5日間歩いてきた自分を褒めた。
PCT(4000km)やJMT(300km)をスルーハイクするには、少なくとも1ヶ月〜半年の休みを取らないといけない。日本人の中には、会社を辞めたり、それこそ人生の覚悟を持って臨んでる人が多い。スルーハイクやトリプルクラウン(※8)は本当に尊敬するし、かっこいいな、いつかやってみたいなと思うけど、今回の1週間でシエラの壮大なウィルダネスを楽しむことができた。スルーハイクに憧れはあるけど、そんなに休めないという人も、ちょっとの有給と勇気を出してアメリカのトレイルに挑戦してみてほしい。そこには見た事のない景色があるから。
※1スルーハイク、スルーハイカー:ロングトレイルを一気に歩くハイカー。短期でセクションごとに歩く、セクションハイクもある。
※2パーミット:ヨセミテやJMTで、テント泊をする場合には事前に許可書の申請が必要。
※3 JMT (John Muir Trail):環境保護の父ジョン・ミューアの名前を冠した約300kmのトレイル。シエラ山脈のエリアを歩く。
※4 PCT (Pacific Crest Trail):アメリカ三大トレイルの一つ。メキシコ国境からカナダ国境までアメリカの西海岸を貫く約4000kmのトレイル。シエラ山脈のエリアも含む。
※5 TH (Trail Head):トレイルヘッド=登山口の略。
※6 REI:アメリカのアウトドアショップ。
※7ゼロディ:スルーハイカーが全く歩かない日のこと。
※8トリプルクラウン:アメリカ三大トレイル、PCT、CDT、ATを全て完歩した人のこと。